或るひと子産、子西、管仲を問う

或問子産、子曰、惠人也、問子西、曰、彼哉彼哉、問管仲、曰、人也、奪伯氏駢邑三百、飯疏食、没齒無怨言、

或るひと子産を問う。子の曰わく、恵人なり。子西を問う。曰わく、 彼れをや、彼れをや。管仲を問う。曰わく、人や、伯子の駢邑(べんゆう)三百を奪い、疏食(そし)を飯(くら)いて歯(よわい)を没するまで怨言(えんげん)なし。

現代語訳

ある人が子産の人物について質問した。先生がおっしゃった。「民に恵みを施す人だ」。子西の人物について質問した。「あの人か、あの人か、論ずるに足りない」。管仲の人物について質問した。「この人は、斉の桓公が伯氏の駢邑の領地三百戸を奪い、管仲に与えたのだが、その時奪われた側の伯氏は、管仲の功績がもっともなことを知っていたので、粗末な飯を暗い年取って死ぬまで、管仲に対する恨み言は言わなかった。

語句

■子産 衛の大夫の公孫僑。孔子が、子産は君子の四つの道を実践していたと説いた(公冶長第五・十六 ) ■恵人 民に恵み深い人。 ■子西 楚の公子申。聡明な宰相として評判がよかったが、孔子が用いられるのを邪魔したという。白氏の乱で殺される。 ■彼れをや 相手にしていない言い方。 ■管仲 斉の桓公をたすけた。 ■伯氏 斉の大夫。桓公が伯氏の領土を奪って管仲に与えたが、伯氏は管仲が正しいことを知っていたので、貧乏に甘んじ、恨み言は言わずに死んだ。■駢邑三百 「駢」という町の三百戸。 ■疏食 粗末な食事。

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現代語訳・朗読:左大臣光永