三たび天下を以て譲る

子曰、泰伯其可謂至徳也已矣、三以天下讓、民無得而稱焉、

子の曰わく、泰伯は其れ至徳と謂うべきのみ。三たび天下を以て譲る。民得て称すること無し。

現代語訳

先生がおっしゃった。周の泰伯は徳の極みだね。何度も天下を譲ったことになるが、その譲り方があまりに見事だったため、周囲は気づかず、称えることもなかった。

語句

■至徳 徳が最上であること。 ■泰伯 周の大王(たいおう)の長男。仲雍と季歴という二人の弟がいた。父である大王は、三兄弟のうち末っ子の季歴を位につけたいと思っていた。それは季歴の子の昌(しょう)が、生まれながらに徳を備えていたからである。泰伯はそれを知って、弟の仲雍と共に呉へ逃げた。そこで大王は末っ子の季歴に国を譲った。その子昌が即位して、徳の高い政治を行ったので、死後、文王とおくり名された。文王の死後、息子の発が継いで、殷を滅ぼした。おくり名は武王。 ■三たび 実際に三回譲ったという回数の問題ではなく、何度も譲ったという程度の意味。 ■得て称するなし 称えることもできなかった。

前の章「子は温にして厲し」|次の章「恭にして礼なければ則ち労す

現代語訳・朗読:左大臣光永